何事もないようにお祈りします
このごろの日本のニュースを見ながら、オウム真理教の、記事がよく目に付きますね。
それを読みながら日本人記者たちが書く新興宗教、オウム真理教、そして統一教会…
どちらもマスコミは良いニュースは発信させない。
それでも、なぜそこにいる人たちは、また別の世界観をもち、秩序を持ち、幸せに暮らしている。
この世の人が欲しがるものと
宗教を持つ人が欲するものは正反対…であるのか?
この世が悪で、宗教の求める世界が善、
この世の全ては嘘で、宗教が求めるものは真実、
宗教間の闘いは終わりがない現実も、誰かが宗教という名のもとに自分が信じる教祖、教理、集団組織の為に命までかけている現実です。
幼い少年少女達まで宗教の犠牲者?とも言える現実。
だからといって、宗教を嫌い、神様までも遠のくことが、正解だとは思いません。
神様はパーワースポットの、最大スポットであり、知恵の王でもあり、長寿中の長寿ですよね。
ポルターガイストも、神様のパワーの前には静まり帰る。
だから神様は知るべき神様とともにいるべきですね。
マスコミの宗教観は犯罪者を作る、宗教はアヘンだ、
宗教なんか持つべきではない。
日本にいる限り、古事記の神々を学び、日本の王家に侍る良き民であるべき…日本にいる限り…永遠に…
日本国の古き昔から祈りは国土の中に宿っている。
他の神など迎え入れることは………できないくらい。
しかし、時々、神になりたい人も生まれてくるのだろうか?
どんな天使達が導いているのだろうか?
日本で新興宗教は日本国に合わせた、文化に習慣に祭りに合わせた宗教となる。
家庭連合は主体の位置から相対の位置になった、新興宗教と、呼ぶべきか?
組織が生きていくために、試行錯誤の中から今、ある姿か?
お父様とは一度もお話したことがなくても、長いこと、思考回路の中心に位置していた方です。
頭を叩かれたこともなく、厳しく実績追求されたこともなく、
知ってるようで、ほんとに知ってるのか?
想像の中での信仰観?
クリスチャンが、イエス様を慕うような、
弟子になりたい、命を捧げ、お慕い申し上げます!
イエス様を世界中に広めたい、イエス様の愛を実践したい。
とても…難しい…今更ながらこの道は難しいと認めます。まだまだ私は未熟なものでございました。
サンクチュアリの、ブログにいてもよいのやら??
手と手のシワを合わせなんでしょうか?
しわ合わせ………幸せ!
変な洒落まで思いつく思考回路ですが…多分痛みが吹き飛んで…幸せ気分なんだと思います。
それでも、キングが暗殺リストに名があるとか……
物騒な、闇のキング達に闘いを挑まれてますから……
ご存知だったと思いますよ…きっと……
命をかけていらっしゃいますからね…
でも、臆病な人ほど強くなれるかも。
何事もないようにお祈りします。