lilacのブログ

宗教、アメリカ生活、私の病気、子育て、ペットの事など書いていこうと思います。

神とサタンは紙一重

この頃また、再祝福について考えさせられます。


これはありか?なしか?


なぜ、祝福結婚に失敗したのか?

きっとそれなりに洞察されたかどうか?

一方的自己中心神様お父様への甘え?か?


人間の愚かさと堕落ゆえの悲惨な現実から、逃避思考回路が結局、再婚、再祝福へと結びつくのか?


私は個人的には霊界が複雑化すること間違い無しと思うのです。

なぜか?

それはまた今度…


今はもう霊界へいらっしゃるかもしれない、初期の頃の韓国人の女性シック達は、ある方は夫も子供も捨てた形でお父様に従ってきた方もいらっしゃいました。


この世から見たら理解の枠を超えた世界こそ、私の知らない味わったこともない神の世界、天一国への出発、メシヤに従うという、信仰観だったとしたら、

それは残された家族にとっても痛みであり、誰を憎むか、もちろん母も憎いけど妻も憎いけど、それ以上殺気すら生まれる気がお父様へ向かっていたことは考えられることではないかと、考えます。


ご婦人は真の愛を探していた。

イエス様の再臨であるお父様の花嫁になることを願っていた。

霊界からも、あなたこそ主の花嫁であると、掲示が降りたら尚の事。


しかし………

アメリカまで来られても、その歩みは祈り、原理講論の拝読、教会への献金、牧会者の為の精誠、素晴らしい半面どこか哀しくなることがありました。


誰とも祝福は受けずに一人で過ごされていたと記憶します。


再祝福は、年齢制限ありなのか?


そんな事無視して、自分の欲望を貫く、それを信仰と思った場合、教会の祝福の秩序はどうなるのか?


再祝福を2代王様から祝福をもらいたい!


韓オモニとどこか似ている思考回路が…

女性の思考回路は似ている…


神とサタンは紙一重。


神側に向かうのもサタン側に向かうのも目的地が正反対なだけ、実は回路はとても似ている気がします。



みんな幸せになりたい、

幸せになりたかった、

まだ遅くはない、


周りのシックたちはその人が幸せになれるならなんとか道を作ってあげようと、同情心からサポートしていますが?


教会のコミュニティーも、結婚、誕生、霊界へ旅立つ時の為に所属している方もいるのではないか、

なんとなく、神様の為に互いに交流出来るはずの統一家は、ご子女様の時代でなにが善か?なにが悪か?

混沌とした雰囲気を感じます。


はじめにことばがあった宇宙の創造の様に、

ことば、マルスムをまとめ伝えることは、これから先の子どもたちへの大事な仕事です。


ある一部のシューパーエリートたち、

ある一部の、教会幹部シューパーエリートたち、

お父様をメシヤと思ってもないのに羊の仮面をつけていたのです。


優秀な学歴と高い宝石類に、高いカバンに服に、車に、それを買うとき、少しでもその金がどこから来たのか?考えたのか?


教会に献金したシックは、奴隷でしたか…

シューパーエリートたちへ献金して犠牲の道を歩む奴隷でしたか…


再祝福…


シューパーエリートの味をしめた幹部たちはみことばをうまく操るすべを知っている気がする。


どこまでも許しがあると思っている気がする。


仮面を取ったエリートは、

お父様は、メシヤではない!

そうです。


オイオイ!牧会者でもあり神学校も出たと言うのに、神の前に、神の愛するシックたちの前に、ホラ吹きでしたか?


三代王権に繋がれるかどうかの分岐点

お父様をメシヤと心から思える人たち


そんな人たちは善にのみ相対できる方でしょうね。


サンクチュアリの中にもいろんな信仰観で居る方もいるようです。


自分が、何をしなくてはならないのか?


忘れて、理論理屈ばかりを並べて、2代王様の胸に刀を指すようなシックも………


お父様から頂いた祝福を守り通す…

そしてそこに子どもたちがいたら尚更、

子どもたちの為に道を備えてあげる事ではないかと、再祝福など受けている場合か?


お父様に一度頂いた宝を二度もいただけるか…

そんな徳を使い過ぎたら、子ども達はどうなるのか?


自分のことしか考えていない…

それでも、これも信仰と言うのか?


どこまでもどこまでも許していかれる神様のご苦労を感じますよ。


しかし………その人が神の目からはどうなのか?


そろそろ自分の事は自分で頑張ろうではありませんか!

そう思う私は神の目から見てどうなのか?


誰が確かな答えは出せるのか?


愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。(コリント人への手紙I 13:4〜8)

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