暗黒世界
無形にいます神の神性を我々はいかにして知ることができるだろうか。それは被造世界を観察することによって知ることができる。(原理講論)
人間は体という外形と心という内性とからできている。見える体は見えないその心に似ているのである。すなわち心があるかたちをもっているので、その心に似ている体もあるかたちをもつようになるのである。(原理講論)
ある目的を立てて、心が望むとおりに体が実践して、体と心とが授受作用をするようになれば、同志ができ、同志たちがお互いに良く授け、よく受ければもっと多くの同志を繁殖する。(原理講論)
我々は因習的な信仰観念と旧態を抜けでられないかたくなな信仰態度を断固として捨てなければならないことを、この洗礼ヨハネの問題を通じて教えられる。
我々は神霊面においても、真理面においても常に正しい信仰を持つために努力しなければならない。(原理講論)
アダムとエバが、善悪を知る果を取って食べるなと言われた神のみ言を守り、自分たちの責任分担を果たしたならば、善の人間始祖となることができたのであった。したがって神はアダムとエバが人間始祖となることを、絶対的なものとして予定なさることはできないのである。
(原理講論)
「わたしはあなたの先祖の神アブラハムの神イサクの神ヤコブの神である」(出エ三.6)と言われたみ言は正に、このような摂理路程に立脚してみるとき、彼らは三代でありながらも、み旨からみれば、ひとつの目的を共同して完成した祖先たちであるので、一代とひとしいともいえるのである。(原理講論)
神様は呼び出される、ある者は家から、あるものは国から、ある者は宗教から、ある者は組織の中から、突然、なんの予告もなしに、原理講論もページを開くたびに教えられることがあります。
私にとっていま、夜の神様と昼の神様という話がなんとも言えず大好きです。
宇宙のロマンから、生きた神様との出会いまでぎっしり詰まったお話しではないかとおもいます。国進ニムがよく話される昼の神様夜の神様は、分かりやすいと思います。
真っ暗な(暗黒)世界…
それとは対象的な明るい世界…
イエス様もお父様も暗黒世界の夜の神様から送られた…
人間の蘇生期、人間も確かに暗黒世界と相対していたのでしょうね。だからこそ遠い遠い生まれる前から神様を求め神様の懐で安らかに抱かれていた記憶があるから知らないうちにも神様を求め続けて彷徨うのでしょうね。神様を知るという人がいれば宗教の門を叩き続けたりもするのでしょうね。
暗黒の宇宙世界から
昼の神様の世界に産み落とされたのでしょうね。
夜空を見上げながら太古からの人々は死んだら星になるとか言いながら宇宙へ帰りたかった?何故?
答えは、
夜の神様…