信仰の善玉菌が不足気味…
この話を書こうかどうか迷った末に徒然なるままに書かせてもらおうかとペンではなくタイプを打ちます。
お父様が霊人と地上人、それも何千年前の人間と何千年後の人間の祝福。時空をこえたタイムマシーン原理のような夢物語のような祝福。
神様もはじめであり終わりでありオメガでありアルパである、人間は哀しいかな神様のなされることを初めから終わりまで見届けることはできない。
現実にあったけど、山をも動かす信仰が必要なくらい、私の生きているうちには到底理解不可能なまま、保留ファイルに入れられそうなこともこの道たくさんあります。ついていけなくなる時もたくさんあります。それでもなぜかここにいます。
前置きが長くなりました何を言いたかったかといいますと、
ソクラテスと祝福を受けられた方をご存知ですか?ソクラテスは、古代ギリシャの哲学者です。こういう話を消化できる信仰の善玉菌が不足気味の私は混乱した時もありました。
今は?腸内善玉菌を、増やすためにサプリメントをとってます…だから何を言いたいのか…
信じる者は救われる。そこらあたりを言いたいのでしょう。
韓国に住んでいた頃、かれこれ二十年以上前、教授ニムのお宅へおじゃましたことがあります。
お父様の亡き息子の母親でもあります。
そこで私は何を見せられたか?
その方は私に祈祷する部屋を見せてくださいました。そしてお母様のために祈っている話をされました。
正直驚きました。考えたこともないし想像もできない。その方の女性として生きてこられた道はある面悲惨とも思えます
この世は愛といえば憎しみ…
復讐心を燃やして生きる…人生その為に費やする?
憎しみを超え、最高の愛の減少感を超える、恩讐をも愛する!
感情と、感性の深い女性にとっての古今問わずの課題でしょう。それをクリアできたものだけが神様からの、印をおされるのでしょうね。
愛とは鏡の法則からしてみたら、相対に対して憎しみと不倫と浮気とこの上ない汚名を、ぶつける者、結局は鏡に映して出される己の姿也。
神様が悪には相対できない原理
神様に悪というもの自体がないから。
それを信じるか?
死の一歩手前に立った時、三途の川が見えたような気がした時、その時の心の姿勢を忘れず生きていこうと思う。魂のくだかれ幼子のような我が姿。謙虚に…頭を垂れ…神様への感謝、
人が問題じゃない。
神様を知ることこそが何よりも勝るものはない。
メシヤは来られました。そしてまた、帰られました。
残された民は、彷徨っていますが三代王権を、この地上に残してくださいました。
神様ありがとうございます
お父様ありがとうございます
勝利したカインとアベル国進ニム亨進ニムありがとうございます。三代王権ありがとうございます。
万歳万歳万歳!